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cluck の家

cluck(コッコ)は雌鶏の鳴き声。米俗で「まぬけ」という意味もあるようです。そんなコッコ(私)と子供達のお家です。

『先生、たくさん怒ってくれてありがとうございました』

今週のお題「思い出の先生」

 

思いでの先生・・イイ先生達たちの思い出も、嫌な先生の思い出もあります。

今回はイイ先生の思い出を書きます。

 

昔むかし私が小学3年生の頃、担任の先生は30歳くらいの女性でした。

中肉中背、髪は鎖骨より少し長いくらいだったと思います。

とにかく声が大きかった。いい事は褒め、悪い事はしっかり怒る先生でした。

生徒をよく見てたから、生徒の話しをよく聞いてくれたから?、

怒られても怒られても、生徒の多くは先生が好きでした。

私も先生が大好きでした。

先生は、何かあると「こんな事があり、こう対応した」と親に手紙を書いてました。

私の親も何回か貰ってました。

 

小学3年生くらいだと、女子には派閥のような物があり、男子は子供。

そこは、今も昔もあまり変わらない気がします。

 

当時、女子の派閥に入らず男子とばかり遊んでた私は、忘れ物も多く、男子と取っ組み合いの喧嘩もしょっちゅう(^^;)。怒られる事も多かった。

休み時間の教室で喧嘩し、気を失って保健室で寝かされた事もあった。

先生は、私のところへ喧嘩相手だった友達を連れて来て、2人にたっぷりとお説教。

喧嘩の原因は忘れました。お説教の内容が、喧嘩の仕方?。体のこんなところや、こんな事は危ないからダメとか・・喧嘩する時も相手に対して思いやりをとか・・

言葉も手足も、暴力にもなれば仲直りの道具にもなる・・

保健室で、長時間そんな事を聞かされた記憶があります。

 

そう言えば、最近の先生は子供を怒りませんね~。

個人面談で「悪い事をした時は怒ってください。」とお願いしても

「私は怒りません。注意はします。」と返事が返ってくるくらいです。

それ以上に私が怒ってるからイイか~(^^;)。

 

話しを戻して・・

クラスの1/3くらい(10人以上)の子供たちが怒られた事もあった。

子供たちを黒板の前に整列させ、先生が子供たちのお尻を平手打ち!

痛かった。凄く痛かった。みんな痛かった。

後で母に言われて分かった。『でも先生が1番痛かったんだ。』

最近の親なら、学校に文句を言いに行くかもしれない。

あの頃の親たちには居なかった。昔の親たちは、子供の事も先生の事ももっと分かってて、子供の事も先生の事も今より信用してたかもしれない。 

 

怒られてばかりではありませんでした。

冬になると学校でマラソン大会が行われました。

走る場所は、近くの川沿いのサイクリングロード。

放課後、と言っても下校後。先生は、練習希望者たちと一緒に何日も川沿いを走ってくれました。

マラソン大会当日もみんなを凄く応援してくれたし、走り切った時も凄く喜んでくれました。

 

入院してたクラスメイトも居ました。1度も学校へ登校した事がなかった。

クラスでは、何班かに分かれ、日曜日何回かお見舞いにいった。

もちろん先生も一緒。

病気については全く分からなかったが、みんな彼がクラスメイトだと知ってたし、みんな彼のお見舞いに行くのを楽しみにしてました。

 

先生は、私たちのために沢山の時間を使い、沢山の事を教えてくれました。

私は3年生から4年生になる春休みに転校しました。

それから先生には会ってません。

もう顔も分からないけど『先生、たくさん怒ってくれてありがとうございました。』